ぼくと底上げ

震災からの10年間、20歳から30歳の僕は底上げと共に成長できました。底上げを離れて教員になった今でも、それが強く感じられるのは本当に幸せなことです。子どもたちに向かって伝える言葉、仕事に向かう姿勢など、5年間の底上げで過ごしたエッセンスのようなものが添えられて表出しているように思うのです。このエッセンス、多くの人が解析不能。いわゆる「底上げっぽい感じ」がなんだか僕にもあるようなのです。

底上げにいた5年間で3人の僕が顔を出すようになりました。1人目は、「何かしたい自分」。2人目は「何かできる自分」。3人目は「何にもできない自分」。 3人の自分が同心円上にいて、いろんな自分を行ったり来たり。重なった円の中で一枚ずつ脱皮を続けています。脱げた皮に驚いたり、むけた自分の肌が綺麗だったり、本当に楽しみながら駆け回っています。

「自分に何ができただろう」いつも自分に問いかけているけれど、行き着く答えは「何もできていない」。「自分はどうなれただろう」いつも寝る前考えるけれど、返ってくる答えは「まだ何にもなれていない」。でも、必ず脳裏に浮かぶのはあの日、あの時、底上げのみんなと笑い合えていたことなのです。

野田 篤秀

元底上げスタッフ

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