底上げ ロゴ

2011年創業、東北を拠点に若者支援・
まちづくり事業・組織づくりをする認定NPO法人

人生初のバースデイドネーション!古瀬正也の35歳の誕生日祝いを、すべて底上げに捧げる!

こんにちは。2022年度から認定NPO法人底上げの理事になりました、古瀬正也と申します。
「バースデイドネーション」はよく見聞きしていたものの、いざ自分がやってみるのは初めてのことで、
正直、どきどき、そわそわ、しています。

「集まらなかったら、どうしよう…」
「そもそも誕生日祝いに寄付をくださいって、ちょっと言いづらい…」
そんな不安や疑問を抱えながら、何度も自分の中で確かめるうちに、だんだん吹っ切れてきて、よしっ!やるからには、集めるぞー!という謎のモチベーションが湧きつつあります。

30代も折り返し地点。35歳のお祝いは、僕には一切いりませんので、その代わりに、僕が心から信頼している、底上げにぜひご寄付いただければ嬉しいです。

底上げ誕生以前

底上げとの関わりは、底上げ誕生以前からのお付き合い、とも言ってもいいのかもしれません。
2007年、大学1年生だった当時、同じく大学生だったひろくん(現理事長 矢部寛明)に出会ったことが、すべてのはじまりでした。
ひろくんとは、環境問題を訴えかけながらママチャリで四国一周し、2008年には、洞爺湖サミットに向けて、同じくママチャリで東京から北海道までともに旅をしました。
その旅の途中でお世話になったのが、宮城県気仙沼にある「ホテル望洋」でした。

2008年に出会った「ホテル望洋」の社長と女将とママチャリ若者5人衆

「ホテル望洋」の社長と女将は、見ず知らずの若者5人衆を無償で泊めていただき、
温かいお風呂に、温かいご飯、温かいお布団、さらに翌日の出発の時には、おむすびまで持たせてくれました。
そのご恩がずっと心に残っていた中、2011年3月11日、東日本大震災が起こります。

僕は動けなかった・・・

震災後、ひろくんは、すぐに東北に行くことを決めます。「あの時のご恩をお返ししなければ」と。
それを初めて聞いた時、僕は動けませんでした。正直、恐かった。
まだ余震もあり、現地の情報も不確かで、原発事故も発生していた中で。
でも、ひろくんは行こうとしている。揺るぎない。
その姿に感化されたのか、僕は、僕のいる場所で最大限にできることをやろう、と思い至ります。
そして、ひろくんらが東北入りすることを、全力でサポートしようと決めたのでした。
活動資金も集めていたので、僕もすぐさま友人らに声をかけ、少額でもいいからと希望を聞き、全て立て替え、振り込みました。
気持ち的には、24時間体制。ニュースやTwitterで情報をかき集め、ひろくんらに共有をしていました。

いざ、東北へ

ひろくんたちがなんとか無事に帰ってきて、再会したとき、思わずハグしたような・・・そんな遠い記憶があるけど、
あのとき、目頭がぐっと熱くなったのを今でも覚えています。

そして、再びひろくんが東北に行くタイミングで、僕も一緒に行くことを決めました。
行く前にホテル望洋の女将に電話し、「通信手段があると助かる」と聞いたことで、「ノートPCと通信機器を届けよう」という具体的なミッションも生まれました。
実際に行ってみると、津波の痕跡を目の当たりにし、言葉を失いました。

気仙沼の「ホテル望洋」の近く。大きな船が陸にあがっていた…

そんな状況の中でも多くの人が懸命に生きていて、その姿に勇気をもらったのを覚えています。
また、無事にノートPCと通信機器を届けることもできました。

女将と社長にノートPCと通信機器を渡したときの様子

底上げとの近すぎず、遠すぎずの関係

帰ってきた後も、ひろくんたちの復興支援活動は続きました。
僕も関わりたかったけれど、4月から大学院への進学を控えていたため、うしろ髪を引かれる思いで進学しました。

そうして、気づけば、NPO法人底上げが立ち上がり、気づけば、認定NPO法人にもなり、
気づけば、設立から11年もの月日が経っていました。

一方で、僕は「古瀬ワークショップデザイン事務所」を立ち上げ、ワークショップデザイナー、ファシリテーターになっていました。それもあって、気仙沼の高校生やスタッフ向けにもワークショップをしたり、報告会のファシリテーターをしたり、はたまた、底上げ農業部の立ち上げ・運営にも関わっていました。

底上げのスタッフ向けに開催したワークショップの様子

振り返ってみると、底上げとは、一言で言えば、「近すぎず・遠すぎず」の関係だったような気がします。

いつも一緒に活動しているほど近くないけど、かと言って、遠いわけでもない。いつも心の中にはいて、僕自身を支えてくれているような存在、それが僕にとっての底上げです。

10年経て、理事を承諾。僕にできることは・・・

そんな底上げが10年経った頃、理事の変更があり、そこで「理事やらない?」と声をかけてもらいました。
実は、底上げ創設時も誘われていたのですが、当時の僕は、現場から離れてしまった罪悪感と自信のなさから、断っていたのでした。

でも、10年経って出てきた言葉は、二つ返事の「いいよ」でした。
まだまだ僕にもできることがあるかもしれない。底上げを通して、お役に立てることがあるかもしれない。
そう思い、引き受けました。

やってきたお役目のとき(そう、バーズデイドネーション!)

ただ・・・理事になってからの1年間、さほど役に立てる機会はなく、名ばかり理事にもなっていました。
そんなとき、このバースデイドネーションの話を聞きました。

そう、ついにきた、お役目のとき!

底上げの活動は、東北支援からはじまり、地域も拡大しながら、若者のエンパワーメント事業へと発展しています。
「できる感覚を・うごく楽しみを・生きる喜びを」すべての若者に届けようとしています。

底上げは、僕から見ると「触発集団」です。
彼らに触れると、内にある衝動や感情が誘発され、何か動きたくなる。
何かやれそうな気がしてくる。

そして、若者たちは未来に向かって、自分を投げ入れ、どんどん行動していく。
それが「できる感覚」をつくり、「うごく楽しみ」を感じさせ、「生きる喜び」につながっていく。

だから、底上げの輪が広がっていくと、そういう若者が増えていき、きっと社会はちょっぴり明るくなる。
僕はそう信じています。

そんな底上げに、10月30日の古瀬正也の誕生日祝いの代わりに、ぜひ寄付していただけないでしょうか。
どうぞ、よろしくお願いいたします!


ご寄付は、以下のURLよりお申込みお願いいたします。

各社クレジットカード、ペイジー、銀行口座振込から選択いただけます。
※認定NPO法人底上げへのご寄付は税制優遇の対象となります。控除には確定申告の際に領収書が必要になります。

古瀬 正也

古瀬ワークショップデザイン事務所 代表
認定NPO法人底上げ 理事
NPO法人ぱぱとままになるまえに 理事

2021年6月から長野県上田市で暮らしています。
フリーランスのワークショップデザイナー、ファシリテーター。独立11年目。
現在、「対話に生きる」を軸に活動中。
https://furuse.ws/