僕にとってのWell-Beingとは?
突然ですがみなさんは「Well-Being(ウェルビーイング)」という言葉は好きですか?
昨今よく聞かれるようになったこちらの言葉、僕の周りでは意味や使い方も含めて色々な議論がされているなーという印象です。
僕自身は、比較的好きです、という現在地ですが、
良く生きる、幸せに生きる、豊かに生きる、という大上段の言葉には誰も否定はできないよなーでもその分抽象度高くて本質見えなくならないといいなーと周りを見渡して感じるわけです。
というなんだか良くわからない導入から入った今回のブログは、なるがお届けします!
最近のハイライト、昨年に続き「武蔵野大学ウェルビーイング学部」の実習受け入れを気仙沼で実施しました!
テーマは「自然・環境」、学部2年生16名が約2週間半を通して気仙沼で学びを深める実習プログラムです。
昨年はどんなこと考えていたかなーと思いブログを読み返してました。
参考までに以前のブログはこちら「実習受け入れを通してwell-beingについて考えてみた」
昨年は実習のプログラムづくりと運営をもう一人頼れる仲間と共に行っていたのですが、
とてもハッピーな家庭の事情により今年はなんとメインは自分一人という大きな変革が起きました。
でもありがたく昨年何ヶ月もかけて作成した素晴らしいプログラムと、それを担っていただく地域の尊敬するプレイヤーのみなさま、そして今年サポートいただいた新しい仲間のおかげで、なんとか大きな事故なく受け入れは終了することができました。
ツアーアテンドと、対話の場づくりと、コーチングと、生活サポーターと、バスドライバーと、保健室のおじさまと、闇鍋つつき仲間的な存在を全力で担わせてもらった2週間半、学生みんなの暖かなスタンスのおかげで楽しく過ごすことができ、やりきった自己肯定感も上がる機会となりました。
ただ”楽しい”と終わらせてほしくない気仙沼での時間、一人ひとりにとっての”学び”とは何か?
”わたしのwell-being”にとどまらない、”わたしたちのwell-being”はどのようなものか?
いくつかの問いに学生と一緒に向き合うことができました。
毎日のチェックイン、チェックアウトの言葉が変化していき、最後にはみんなが自然に1on1の機会をつくっていることがとにかく美しかった。
語れることはいくらでもあるのですが、僕自身が今回深く心に残ったことの一つは「死生観」でした。
プログラムの最初の週は気仙沼という地になじんでもらうため、気仙沼という町がどのように自然と向き合ってきたか、という意味ではやはり外せない東日本大震災のことにみんなで向き合いました。
色々な辛さや痛みを受け止め、咀嚼しきれない割り切れない複雑な思いが生まれたと思います。
それでも一人ひとりがしっかりと考え、みんなで対話を通して思いや言葉に触れていくことで、僕自身も内省することができ、
「死」というレンズを通して「生」の輪郭をより濃くなぞるような、そんな感覚がぼんやりと立ち現れてきたような印象です。
当たり前ですが、僕自身いまだに突然訪れる「死」との向き合い方がわからないし、その度疲弊する心と共にあることはしんどくも怖くもある、でもだからといって人との繋がりがなくなれば良いとも、ライステージの変化を無理に止めたいとも望んでいる訳はなく、豊かな「生」に触れたいと願って動いています。
実習のテーマが「自然・環境」と聞いた時、僕自身は深い自然観を持っていたり、精力的な環境再生活動に携わっているものではなく、どちらかというと社会的で人と人の関係性に注力しているので他の実習地に比べて視点がずれているかもしれないと思いましたが、ある意味「死生観」に深く思いを寄せている姿勢によって僕の中の自然、人にとっての自然、というものを考え対話する要素を含めることができたのかなと感じました。
とにかく色々な学びと気づきを与えてくれた16人の学生のみんなには深い感謝の気持ちでいっぱいです。
また来年、色々な出会いと学びと問いに触れる期待をもって実習受け入れ楽しみたいと思います。

写真は、もはやホームとなった、一番対話の時間を重ねたPIER7の軽運動場。また語り合いましょう。
なる
理事
たくさんの不安の中、実習受け入れお疲れ様。自己ねぎらい。